INTERVIEW 2020.4.29
the Force
Acne Studios
“新しい表現”の探求
96年にスウェーデン、ストックホルムにてデニムからスタートし、今では世界中にその名を広めている〈アクネ ストゥディオズ〉。11月中旬に彼らのホームであるストックホルムにて、新たなオフィスのお披露目が行われた。さらなる躍進を支える拠点に散りばめられた、〈アクネ ストゥディオズ〉のクリエイションの裏側を創設者であるジョニー・ヨハンソンのインタビューを通して紐解いていく。
※こちらはGRIND Vol.99に掲載した記事です。
Interpretation_MIKI OSAKO
社内のアトリエの様子。プロダクトを生み出す撚点。
流動性を生み出す
新たな本拠地
「Ambition to Create Novel Expression (新たな表現を創造するという野心)」という意味を持つ文章の頭文字をとったブランド、〈アクネ ストゥディオズ〉。1996年にスウェーデンのストックホルムで産声をあげ、今では世界中のファッションシーンにその名を知らしめている存在である。ブランドの創設から20年以上が経過した今年11月に、ストックホルム近郊に彼らの拠点となるオフィス『フロラガータン13』が新設された。各国の大使館が密集するエリアに位置する新たなベースは、1970年代に建てられ、チェコ・スロバキア大使館として使用されていた、ブルータリズム様式による建築物をアレンジしたものである。「新たなオフィスを構えるに当たって、1番重要視したのが、ひとつの建物の中ですべての部署が流れるように作業をできる環境にするという点でした。以前のオフィスは部署が散り散りになっていて、人を探すのもコミュニケーションを取るのも大変だったので、その点を強く意識しました。そして以前よりすべての部署がスムーズに機能することで、アクネとして手がけているプロダクトがより良いものになっていくということは、私の理想でもあります」。グローバルブランドとして世界中に発信されている彼らのプロダクトは、所属する社員の関係性や部署間の流動性が向上したことで、より緻密に作りあげられていく。社内で行われるデザインやサンプルの作成など、工程を一貴して完結できるシステムが、確かなクオリティと表現したいことの純度を保ったまま消費者まで届けることを可能にしているのだろう。また社内には、社員全員がインスピレーションを得たり、共有できるように世界中からカテゴリー別に集められた書籍が並ぷライブラリーがあったり、アーティストの作品が並んでいたりと、閉鎖的にはならず多くの刺激がオフィスの中を漂う。「この建物の様式である、ブルータリズム建築は私たちのデザイン哲学と共通する部分があります。打ちっ放しのコンクリ—卜など、濁りのない綺麗なマテリアルを使用していたり、シンプルでありながら機能性にフォーカスしているという点に共感を覚えます」。大げさなデザインを必要とせずに、機能に基づいた美しさが洗練された印象を与える『フロラガータン13』は、アクネのあり方を反映させたさらなる進化の発信地なのだ。
新たなホームとなる「フロラガータン13」。洗練された印象が、外観だけでなく、階段など細部に渡って感じられる。
自分の人生を
コンテンポラリーに表現する
「フロラガータン13」には先にも触れたように、コンテンポラリーアーティストが手がけた作品が、ところどころに配され、全体の空気感に芸術的な色を加えている。ジョニーとかねてから親交のあるアーティストと共演をしているのだが、フィールドを超えて混ざり合うのは、共鳴する価値観があるからこそ。「私が作ってきたものが未来に残ったらいいなと思いながら、クリエイションを行なっています。デザインに対するアプローチとしては、自分とブランドを切り離すのではなく、自分の日常を反映させていきたい。自分の今を表現するということをブランドとして強く意識していて、それはコンテンポラリーであることやモダンであることにもつながっていきます。コンテンポラリーアートのアーティストが自分の今を作品に乗せて表現しているように、私にとってはその表現方法がファッションに変わっただけなんです。現代では世界を見渡しても、ファッションが自己表現の重要な方法のひとつであると感じているのですが、私自身もファッションを通じて人生を表現していきたいんです。そして表現の一部であると同時に、生きがいでもあるんです」。ジョニーにとってアクネはあくまでパーソナルな存在。アーティストがキャンバスに向き合うように、ビジネスとしてのアプローチではなく、時々に心を動かされたトピックがデザインに影響を与えていく。そしてパーソナルな内面を反映させたプロダクトは、人々の感性とどこかリンクし、誰かの手に渡っていく。ブランドの規模こそ、当初に比べ圧倒的な大きさに成長しているが、根ざしている確固たる基盤があることで、単に消費されるようなクリエイションと一線を画している。
変化しながら手を加え
パーフェクトな状態に
「“Ambition to Create Novel Expression”という考え方は常に私たちの軸にあって、その軸を中心に進化を続けています。私たちは常に古いアイディアを生贄に捧げて、新しいものを得ているんです。たとえば盆栽で言えば、伸びていってしまう部分を切って、手入れをしながら完成形に近づけるように、徐々に徐々に変化しながら、手を加えていくことで、パーフェクトな状態になるんです」。ブランド名の由来でもある一文は、常に彼らに寄り添い発展へと導いている。オフィスの新設も含め、停滞せずに革新を続けていく背景には、挑戦すること、躊躇せずに進むための心構えがあり、それはブランドのDNAとして蓄積されているのだ。
「以前日本を訪れた際に、京都に行きました。職人がひとつひとつ丁寧に作っている下駄を買ったのですが、その体験はとても大きなインスピレーションになりました。より良いモノづくりを目指していることもあって、手仕事やその丁寧さにものすごく惹かれるんです。もちろんすべてのプロダクトを手作業でということは不可能ですが、極力近づけるようなモノづくりをしていきたいです」。派手な装飾などを施さないために、無機質やミニマルと形容されることも多いプロダクトの数々は、ジョニーの人間味を反映させたデザインや、手仕事へのリスペクトからくる丁寧な作業によって、適度な温度感を内包していく。アートや音楽、クラフト、社会的な話題などあらゆる要素をファッションというステージで表現していく過程で調和し、アイテムに落とし込む奥深さ。常に新たな表現を模索しているからこそのアプローチで、次のステージヘと歩みを進めていく。
常に根底にあるデニム
ジョニーにとってファッションは、自身を表現するための舞台であるのと同時に、あるプロダクトをキャンバスと見立てている。「アクネはデニムからスタートしました。デニムこそ完璧なキャンバスだという考え方が今でも中心にありますね。デニムはクローゼットの中で1番重要なもので、誰でも使えるもの。しかし、デニムからはじまりはしましたが、ひとつのものだけを作り続けるというのは私の信念とは異なります。トラディショナルなデニムブランドではなく、普段から使用できる、消費者に必要とされるコンテンポラリーなブランドにしたかったということです。私はデニムにもっとコントラストをつけたいという思いがあったので、一緒に楽しめるアイテムを作りながら幅を広げつつ、中心にはいつもデニムがあるんです」。生活に深く浸透しているデニムからスタートしたことが、ファッションを扱ううえでも世間の感覚と乖離しすぎない程よいバランス感を生み出しているのだろうか。またブランドの開始点を単なる踏み台にしてステップアップしていくのではなく、確固たるアイデンティティと位置付けることで、商品として主軸を担うだけでなく、クリエイションの軸として作用している。
総じて彼らにはシンプルに目指すべき姿と、クリエイションの根底にある考え方の2つが強く根を張って発展を支えてきたことが窺える。たとえファッションシーンの流れが時代によって加速していこうとも、それすら確かなベクトルを持っていることによって力に変えてしまうような強さを持っているのが〈アクネ ストゥディオズ〉なのではないか。『フロラガータン13』の完成はブランドにとって次なる正新しい表現々を生み出していくための、準備段階に過ぎないのだろう。ジョニーが言うように、ファッションは彼のような作り手にとってだけでなく、ひとりひとりにとって自己表現の手段としての意味合いを強めてきている。過剰に着飾ることではなく、日常の延長線上にあるような特別なアイテムが気持ちを高揚させてくれる感覚に共感を覚える人も多いのではないだろうか。誰かのために麓るのではない、自分を表現するためのプロダクトが〈アクネ ストゥディオズ〉によって生み出されていて、手に取った人々の新たな表現を後押ししてくれる。