SUGARHILL
スーツを起点にはじまる新章
変化するモノづくりの軸
9月上旬に、『TOKYO FASHION AWARD』を受賞したことも記憶に新しい、〈シュガーヒル〉。今シーズンはブランドとして初のテーラードスーツを打ち出しているのだが、このアイテムが誕生した背景には、デザイナーである林陸也氏のクリエイションへの向き合い方の変化が見てとれる。立ち上げから6年を迎え、“若手”という冠にも別れを告げ、さらなる飛躍へと突き進む。
Photo Haruki Matsui
Edit & Text Shuhei Kawada
素材からはじまるデザイン
今年からアトリエ兼自宅として新たに構えた拠点には、進行中のものや過去のもの含め多くの生地、生地見本が並ぶ。布帛だけでなくレザーまで、幅広くそれぞれのプロダクトにどう落とし込まれるのか、その過程を想像しても楽しめるだろう。
少し細身な美しいシルエットに、ピークドラペルがアクセントとなり、華やかな印象を添える。〈シュガーヒル〉としてはじめて世に放つテーラードスーツは、各所のディテール、袖を通した時の印象、仕立ての美しさからも完成度の高さがうかがえるが、その背景に迫る前に、まずはブランドの歩み、デザイナーとしての変化に触れる。「ブランドの初期に比べると、徐々に軸も変わってきて、デザインが素材づくりからスタートすることがほとんどになりました。素材を調べていく過程で、形は一般的でクラシックなものの素材を変えるとか、素材がスタンダードあれば形を変えるとか、その掛け合わせがデザインの軸になってきていると思っています。ブランドを立ち上げた当初は、テーマやコンセプトをコレクションに強く出していました。しかし今は、僕自身が心を動かされるものであったり、何かに影響された蓄積を直接反映できれば、それがオリジナリティになるのかなと思っています。20歳からはじまったシュガーヒルの前半は、インパクトの強さや、奇抜なもの、見たことのないものをつくりたいという気持ちが強くありましたが、徐々にリアリティが出てきたような気がしています。1stアルバムから3rdアルバムの音楽が変わっていくのと同じで、やっぱり変わるものだなあと。変わらずにつくり続けられることもすごいけど、自分の場合は飽きちゃうので。良い意味でいろんな変化をずっと起こせるようにアンテナを張っていられる方が楽しいです」。
色使いや柄など気になった生地見本を集めて、〈シュガーヒル〉の洋服にはどのように活用できるかを考えるのだと言う。「そのままの生地をつくるのではなく、当時の生地の色使いなど、要素を抽出してサンプリングしながらつくっていくと、見たことのない良い生地ができたりするんです」。
こちらはレザーの生地見本の一部。メスを細く入れて裂くことで、裏地が見えるようになり、角度によって異なる表情が浮かび上がるようになる。
変わっていくことをポジティブに捉え、そこに反映されるクリエイションこそブランドであり自分自身。〈シュガーヒル〉としてこうあるべきという理想と自分との間にあった距離は、だんだんと埋まってきたように思える。自分が映し出したいリアルが形づくる〈シュガーヒル〉の世界は今までにも増してさらなる説得力をもつことになる。
象徴としてのスーツ
〈シュガーヒル〉の歩みを進めていく中で生じたデザイン的な変化を象徴するのが、今回のテーラードスーツと言っても過言ではない。デザイナー自身のリアリティや、生地との向き合い方など、あらゆる要素の結晶はどのようにして生まれたのだろう。「学生の頃からテーラードを専攻していたので、ずっとスーツをつくりたい気持ちは強かったんです。ただ勉強をしていたからこそ、クオリティをクリアできるようになってからしっかりやりたいという気持ちがありました。今回は細かい着心地やスーツならではなの仕様をつくれる相手と巡り合ったタイミングで、専門的なアイテムはそうした組先があって満足いくものができるのかなと思います」。〈シュガーヒル〉のファンであれば、一見クラシックでフォーマルなアイテムが出てくることに違和感を覚えたかもしれない。しかしデザイナーである林氏にとっては地続きのストーリーであり、ブランドの歩みを経てたどり着いたひとつの通過点だ。先に林氏が口にしていた信頼できる組先というのは、2018年から神宮前にお店を構えるビスポークテーラーのWisdom Tool。確固たるテーラリングの技術をベースに、カルチャーとの親和性も取り入れた新たな提案を行う同店に在庫していた生地は、林氏にとって大きなインスピレーションとなった。「お店の生地を一緒に見させてもらった時に、ある程度の生地は見てきたつもりでいたけど、見たことのないものが出てきて。今回スーツに使用している生地の元ネタは、80年代のもので、当時機屋さんが試作で織ってブランドへと提案していたものだったんです。スーツであれば形が決まっているから、生地でしか遊べないこともあり、1%だけポリエステルのキラッとする糸入っていたり、その時の最先端のデザインやセンスというのが、時を超えて非常に新鮮に見えたんです」。
(左)当時の生地とそれをもとにリプロダクトした、スーツにも用いられている生地。近くで見ると、多くの色の糸によって生地がつくられていることがわかる。また当時の生地と比べても若干色味が異なり、それだけでも雰囲気が変わって見えるのは、まさに生地の奥深さと言えるだろう。
生地への深いリサーチそれによって培われた見識は、クリエイションの重要な要素となっているのだが、その方法として今季よりリプロダクションという方法が用いられている。単に当時の生地をそのまま使用するのではなく(単純に当時の生地見本だけで、現在は生産されていない、もしくは生産できないものも多くある。)時にアレンジを加えながら、新たなクリエイションとしてオリジナリティあるものへと昇華させている。次の春夏、そしてさらにその次と継続していくことになるというこの手法に巡り合ったのも、今回のスーツが起点になっているそうだ。「昔の生地をリプロダクションするというのも、この生地からはじまったのですが、新たな軸がもうひとつできたような気がしています。2mだけあったものを全て分解して、分析していちから染め直して、つくり直しているんです。製法が特殊なので元ネタがないとできなかったり、リファレンスなしでは発想できないような部分にグッときたんです」。専門的な部分は洋服を纏う我々には理解が難しい部分もあるが、その出で立ちに確実に現れていることは説明せずとも共感できる部分ではなかろうか。そうした背景も含めて楽しむことができる要素がどんどんと増えているのが、今の〈シュガーヒル〉。「このスーツをつくったのは、エデュケーションの意味合いも含まれています。大人としてどこに行っても恥ずかしくないものをもっておくべき、というメッセージを込めていると同時に、自分自身としても納得いくものをつくりたいという気持ちがあって。リアリティも含めて、裏付けのある人間だったら良いのではと思っています」。成人式を控えた新成人や、祝いの席などなにかとフォーマルな場も増えていく20代半ばの読者はきっと、自分のスタイルを磨き上げてくれる1着を探しているはずだ。どこに着て行っても様になる、かつファッションとしての楽しみを味わえる。洋服に込められた物語に、自分の人生を織り込みながら、ともに時間を過ごしていってみてはいかがだろうか。
Information
SUGARHILL
林陸也氏によって、2016年に立ち上げられたブランド。素材への深いリサーチや知識をクリエイションに乗せる。デザイナー自身も傾倒する音楽、バイクなどのカルチャーの匂いも感じさせ、ディテールまで楽しめる服づくりを行う。2021年9月に『TOKYO FASHION AWARD』を受賞し、今後の躍進が期待される。