CULTURE, FASHION, INTERVIEW 2024.9.19
NAMACHEKO
Interview with Dilan Lurr
シャープに移ろい
驚きを生み出す
2024年1月のパリメンズファッションウィーク期間中に、〈ナマチェコ〉のショールームに足を運んだ。デビューして間もない頃から、そのクリエイションを追いかけてきたが、新たなコレクションを見たときに、ブランドの世界観を保ちながら増幅させたような、大きな広がりが感じられた。もちろんフルコレクションを実際に目にできた喜びも影響しているとは思うが、自分たちの世界を徐々に広げていける理由があるはずだ。数年ぶりに来日していたデザイナー、ディラン・ルーへのインタビューを通して現在地を探る。
Photo_Dilan Lurr
Translation_Yume Chen
Edit&Text_Shuhei Kawada
絞ることで
強く広がる
GWの真っ只中の5月上旬、セレクトショップでのイベントに際して、久しぶりの来日を果たしたディラン。インタビューを翌日に控え、夕食をともにした彼は柔和でユーモアのある心地よい距離感の人物だった。インタビュー当日はいくつかの打ち合わせの後ということもあり、少し疲れているようにも見えたが、話が進んでいくにつれてだんだんと熱を帯びていった。「意識的に変化させたいと思いつつも、本能的にそう思っている部分もある。この仕事では幸い6ヶ月ごとに変わるチャンスがあるしね。そしてそれがうまくいくときもあれば、そうじゃないときもある。大きな変化という点で言うと、実は少し前にほとんどの生産を行なっていた工場を変えた。ベルギーからイタリアの工場に移したんだ。そしてパタンナーも変わっている。コレクションというのは、関わる多くの人の役割があって、要素が変わればまた違うフィールドが見えてくる。可能性が広がるんだ」。1月にパリのショールームで見た24AWのコレクションは、〈ナマチェコ〉の世界観を確かに感じさせながらも、よりソリッドで強いインパクトを放っていた。「いろんなことをやりすぎずに、自分のアイデアを絞って、何にフォーカスすべきかを考えること。同じコレクションの中で、複数のアイデアを使うことには興味がない。自分が敬愛するデザイナーのコレクションを見てもそう感じるね。ただひとつのアイデアでコレクションをつくり上げるには、洗練されていないといけない。だからこそ強いメッセージ性が生まれるんだ」。現状突き詰められていない部分もあるとしながらも、その手法の練度を上げながら、次のフェーズへと歩みを進めている。
〈ナマチェコの〉24AWはショー形式での発表を行わなかったシーズンでもある。パンデミックの時期を除いて、比較的ショーでのアウトプットを好むブランドのようにも思えたが、一体どんな理由があったのだろうか。「ショーを行うのは好きで、とても美しい瞬間だと思っている。しかしランウェイでの表現が全てではないと感じたんだ。前回ショーをした時は、かなり人数を厳選したつもりでも400人招待しなくてはならなかったし、彼らはショーが終われば15分で帰ってしまう。もちろん来場してくれる人たちのせいではないけど、仲間たちとこの10分程度のショーのために6ヶ月間死ぬ気で働いていたと考えると、このファッションウィークのシステムはおかしいと感じる。少なくとも自分は、他のブランドと一緒にInstagramで、インフルエンサーに投稿されるためにショーはやっていないから。もし次ショーを行うことがあれば、公式スケジュールにはおさらばだよ。それでいて、自分たちらしさ、〈ナマチェコ〉らしさを感じてもらえる力強い表現を実現させたい。最高のショーはいつだってブランドの世界観とリンクしているし、そうでなければやっている意味がない」。現状のシーンに対しての疑問を呈しながら、そう話すディランの口調がだんだんと強くなる。シーンの動向に左右されるようなものではないという自信と、その程度で揺らぐようでは意味がないという反骨心。どちらも感じさせる根底には、インディペンデントに戦い続けてきた過去がある。
ファッションも大きく言えばビジネスのひとつに過ぎず、異常な速度で移ろいゆくからこそ、儚さと美しさがより鮮明になる側面があるといえる。〈ナマチェコ〉に対しシンパシーを感じる理由のひとつは、クリエイティブを全面に押し出しながら、それを続けているというシンプルかつ最も困難なことを成立させていること。「もちろん生き残るためにはビジネスとして成り立っていなければならない。僕らの場合は、ブランドをスタートさせた時から、賞を受賞したこともなければ、投資家のサポートも全くなかった。もちろん今もない。自分の住んでいたスウェーデンの都市から、より給料の良いデンマークのコペンハーゲンに行ってバーで働きながらお金を貯めていたよ。多くの人は僕のことを金持ちの家系だと思っているけど、実際はそうじゃない。スウェーデンではファッションの生産背景が存在していないし、“どうやって金を稼ぐつもりなんだ”って何回も聞かれた。でも今なら、成功するために支援を受けないというのもひとつの手段かなと思っている。たとえばサポートが充実しているロンドンでは、デビュー当時に話題になるブランドは数多くあって、支援を受けている場合も多い。でも数年後にはほとんどのブランドが忘れられていて、生き残ることはできない。そうした構造の問題点のひとつは、サポートの充実が挙げられると思う。明確な解決策を提示できるわけではないけど、ブランドが飛躍するには多大な努力が必要なんだ」。
ディランにとっての多大な努力とは、偏狂的ともいえるほどの探求への強い執着にも感じられた。「今では〈ナマチェコ〉の服を多くの人が好んでくれているかもしれないけど、常に初心に戻ることが必要だと考えている。何をやっても物足りないと常に自分に対して要求するし、自分自身に向けて文句を言うことも多いね。自分が本当に集中したい時は、基本的にほとんどのスタッフを家に帰して、静かな環境にすることもある。いろんな意見があることが良いことだとは限らないんだ」。モノづくりを行う過程には、多くの人との関係性がある。だからこそ、デザイナーから発せられるメッセージやアイデアは確たるものがあるべきだということだろうか。少々話は逸れるが、仮にそのメッセージが的確に伝わらないと判断するや否や、自らその役割を担うための労も惜しまない。「自分が好きなことや興味があることには挑戦するべきだと考えている。もちろんそのためには学ぶことがたくさんあるし、時間もかかる。たとえば僕はフォトグラファーをすごく尊敬しているけど、本当にいいフォトグラファーは限られているし、それはスタイリストについても同じことが言える。以前一緒に仕事をしていたロビー・スペンサーのように、物事を完全に変化させてしまうような、本当に優れた存在もいる。冗談抜きで心を揺さぶられたよ。でもブランドをはじめた頃はよく“スタイリストと一緒に仕事をした方がいい”と言われていたけど、どのスタイリストが、どの大御所のアシスタントをしてたとか、そういう話ばかりなことにうんざりしていた。最近では役割が細分化されすぎていて、デザイナーは一体なにをしているんだと思うこともある」。意志やビジョンの純度を保つことと、広がりを求めることにはジレンマがつきまとう。しかし彼にとっては至ってシンプルで、自らの心が動かされなければ、自分自身でやるのみ。ディランほどのハードワークを想像すると、少々辟易してしまうが、多くの人との関わりの中で物事を進めるという点において、彼の姿勢に参考にすべき点は多々ある。
止まらずに変化を続けることも、ひとつのアイデアを突き詰めることも、自分自身に対して、ハードルの高い要求を続けることも、自分の考えと向き合うことも、全てはクリエイションを発展させるための手段。「ファッションで1番大切なことは驚きや意外性」と口にするディラン。磨き上げられたシャープな思考をもってして、漂う。確固たるオリジナリティを提示しながらも、同時に掴みどころのない不気味な表情も見せる〈ナマチェコ〉の美学の一端に触れた気がした。