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FASHION, INTERVIEW, MAGAZINE 2021.6.15

BLACKMEANS

Yujiro Komatsu

伝統と未来の繋ぎ手

レザーをメインに、オリジナルな加工技術やアレンジを施し、唯一無二のクリエイションを続ける〈ブラックミーンズ〉。デザイナーである小松雄二郎氏は、幼少期に出会ったパンクカルチャーからレザーに引き寄せられ、鋲を打つなどカスタムを繰り返し、世の中でまだ見ぬものを生み出すことへの楽しさが身体へと染み付いた。常に新たなアイディアを形にするデザイナーとして、そして伝統と歴史をもつ皮革産業の守り手として、苦境の中でも戦い続ける姿に迫る。

Photo Riku Ikeya 
Edit Hiromu Sasaki 
Text Shuhei Kawada

取り巻く環境との闘争

 「レザーを日本でやること自体、〈ブラックミーンズ〉がはじまった時点からすごい戦いなんです」。 開口一番そう切り出した小松氏。もともとは2008AWより、とある皮革製品の製造を行う工場の自社ブランドというような位置付けでスタートした〈ブラックミーンズ〉。10年以上の歴史があるブランドだが、当初から産業を取り巻く環境は厳しいものであった。「日本のレザーを取り巻く環境は世界的にとても不利な状況です。ブランドを立ち上げた頃から今もそうですが、近年、レザーの工場はアジアの諸国が主体になっています。莫大な資金を投入して、革を染める機械、縫製する機械など最新のものを使用し、そこに専門家などを入れて良質な製品ができるようになってきています。一方日本では今でも昭和一桁の時代の機械を使っているなんてことも多いんです」。圧倒的な資金力とテクノロジーの導入が、厳しい環境をさらに加速させていく。「その中で唯一、どこが勝っているかといえばやはり縫製技術など手作業の部分ですね」。しかしこうした強みが最大限に発揮されづらくなっている現状がある。「国内の皮革産業を保護するために、海外から皮革を輸入するときなどは関税が課せられるんです。日本の革を使うようにという政策ですが、守られていることで、新しいものが生まれにくい状況になってしまっている気がするんです」。産業を保護するための政策はもちろん誰かの雇用を守っていたり、有益な側面もあるのだろうが、産業の成長という観点から見ると手放しに喜べる状態ではないのだろう。「新しいもの、独自のものをつくろうというアイディアをもっているデザイナーの方々が、工場に依頼しても断られてしまう。やったことがないからできないって。でもそれをやらないと意味がないじゃないですか」。 自身がコレクションブランドに在籍していた90年代後半から00年代初頭のファッションシーンに見られた制約のないクリエイション。当時を懐かしむということではなく、現場で見てきた新たなものが生まれるまでの過程にこそ、レザーの可能性が秘められていると小松氏は感じている。「90年代の後半から00年代の初頭は多くのコレクションブランドにおいて、デザインがめちゃくちゃ凝っていた時代で。ブランドが新しい提案をすることで、新たなものが生まれるだけでなく、つくる工場にもアイディアが反映されて、実力を磨きながら成長する環境が生まれていました。もちろん伝統的なやり方もあるんですけど、変化を加えたりする柔軟性をもって対応していくという部分、具体的には、経年変化を再現したヴィンテージ加工などの二次加工や、革新的なデザインなどを打ち出していくことが、海外と戦うためには重要なのです。〈ブラックミーンズ〉をはじめた当初から意識している部分でもありますが、そうでなければ世の中についていけるわけがないんですよ」。

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歴史を背負う覚悟

 コレクションブランドで新たなクリエイションが生まれる場面を、そしてレザーの工場がともに成長する過程を目にしてきた。さらには並行してレザーに長く携わってきたからこその経験や技術も存分にある。だからこそ逆境に感じられる状況でも、立ち向かうだけの覚悟はできていた。加えてレザーブランドをはじめるにあたって、産業の歴史も踏まえた過去を背負うことも避けられない。「今この業界が厳しいという話もありますけど、産業自体を見ると、江戸時代より以前から皮革の歴史はあって、つきまとうのは封建制度や身分制度の一番下に位置するような人々がこの仕事に関わっていたという事実です。同時にたとえ上の人間に頼まれてつくらされてきたものであっても、結果的には日本の文化やモノづくりの歴史においてかなり重要な伝統をつくってきたということでもあるのです。暗い側面があったとしても、ブランドをはじめる瞬間から、日本で革をつくること自体のルーツと伝統、アイデンティティを理解して、地に足のついた歴史の延長として受け継ぐことになるので、産業自体や関ってきた人々にリスペクトを込めて〈ブラックミーンズ〉という名前にしています」。暗い歴史や陽の当たらない面に目を向けることを、ブランドの取り組みとして打ち出すのではなく、自分たちのアイデンティティを形成する要素として内側に宿す。「隠したりクローズアップしないこと自体、功績そのものを隠すことにもなってしまうんです」。自身が身を置き、体験することで見えてきた、魅力だけではない歴史や背景。目をつむるのではなく、事実として向き合い、根底に宿した上でその先をクリエイションで切り開こうとしている。

右:小松氏と共同で〈ブラックミーンズ〉を手掛ける有賀氏。左:ブランドをはじめる前に製作した、レザーを繋ぎ合わせた洋服。何か新しいものを作る楽しさは当時からあったと話す。

“面白いこと”を求めて

 レザーでなにかを生み出すというのは、簡単にできることではないし、布帛に比べ特殊な作業が多いのも事実で、それゆえに凝ったデザインや形は避けられることも多いそうだ。「革で洋服をつくるとなると、値段は高しいろいろな問題が起こりやすいので、多くのブランドはシンプルなものをつくろうとします。でもシンプルなものをつくればつくるほど海外のものと変わらなくなってしまう。かなり変わっていたり複雑なデザインと、それに対応した技術があってこそ、日本でつくる意味があるというか。自分がやるのであれば簡単なものではなく、みんながあまり見たことないようなものを、思いっきりやっちゃおうというのが〈ブラックミーンズ〉ですね」。ファッションの流れがミニマルな方向に傾いていけばいくほど、〈ブラックミーンズ〉のスタイルはより顕著に現れる。「世の中やファッションがどんどんミニマルになっていく時代ではありますが、だからこそ新しいものや変わったものを出したら引き立つので、これでいいんだなって感じです。結局共存するじゃないですか。”サラダボウル”※1っていう言葉があって、それぞれ異なる背景の人たちが、お互い引き立てあって社会が成り立つということに近い表現で。混ざるのではなく、お互い引き立てあうっていうこの言葉を確か10代の頃に知ったと思うんですけど、なんかすごく納得して今でも覚えていますね」。日本と世界のオーセンティックを認めた上ではじまる、そのオーセンティックとの戦い。 自分が面白いと思えることを、レザーを通して表現していくという、突き詰めると至極シンプルな思考なのかもしれない。しかし、そのための技術、知識、アイディアといった種々の要素を面白いと思えることのために、日々積み重ねていくのは並大抵のことではない。〈ブラックミーンズ〉としてのスタイルは、尖っているという側面もあるかもしれないが、それ以上にもっと純粋でシンプルな、ひたすらに楽しみたいというファッションの根底にある感覚と通ずるものなのだろう。

※1 多民族国家としてのアメリカをメルティング・ポット〈人種のるつぼ〉と形容していたが、各人種や各民族が独自性を保ったまま国家の中で調和することが理想的であるとして、その様をサラダボウルにたとえて形容するようになった。ここでは異なる趣向をもつ人たちが共存する様を指している。

PROFILE

小松雄二郎

2008年より〈ブラックミーンズ〉をスタート。レザーの可能性を模索しながら押し広げ、取り組みを通じて新しい魅力を伝えている。

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