A-COLD-WALL from vol.101
Samuel Ross
単なるストリートウエアの枠から逸脱した構築的なアプローチで評価を得る、〈ア コールド ウォール〉のデザイナー、サミュエル・ロス。彼の20AWのコレクションを目にした時に感じた奇妙な高揚感。ストリートのニュアンスを残しつつ、美しいシルエットや気品を感じさせるテーラリングの要素を注ぎ込み、新たなフィールドへの突入を予感させた彼は、何を思いデザインと向き合っているのか。ブランドと並行するいくつかのプロジェクトにも触れながら、彼の根底にある価値観と進化を続けるマインドを掴む。
Edit Hiromu Sasaki
Text Shuhei Kawada
常に中心となる
ストリートとファッション
ストリートウエア、ストリートブランド、ストリートカルチャー。本来自由であるはず、かつ自由であるからこそ創造性を生み出してきたストリートに、言葉が制約を課している現状は少なからずある。サミュエル・ロスが手がける〈ア コールド ウォール〉もストリートウエアのブランドとして頻繁にメディアなどを通じて発信されてきた。彼のクリエイションは現代のいわゆる凝り固まったストリートという概念の枠をはみ出し、常に変化を遂げながら時代の先に向けた提案を続けている。アカデミックな背景を持つデザイナーとしての認知もあるが、学問に身を置くまでに歩んできたのは意外な道だ。「しっかりと勉強やデザインと向き合う前は、地元の友達やティーンの連中にナイキやアディダスのアイテムを売っていたよ。2007年頃から10年近くにわたって、グレーマーケットで買った新品を売りさばいていたんだ。ロンドン、ニューヨーク、東京のカルチャーの力を織り交ぜて需要を見出していた。当時の僕の収入源だったね。こうした小遣い稼ぎにも飽きてきた頃、一流のデザインを研究するべく学位を取ることに焦点を当てたんだ」。こうして学問を志し、熱を注ぎ込んだ結果、商業的なプロダクトやグラフィックデザインの世界で、デザイナーとして活動をはじめることになった。そしていくつかの商業的なビジネスにおけるデザインを経験した後、彼を創作に駆り立てる原体験に出会う。「先に述べた商業的な活動と並行して、偽名を使って数年間活動していたよ。風刺画を描くアーティストと組んで、彼の作品をシルクスクリーンでプリントしたものを、売りはじめたのが僕にとってモノをつくるという行為に移行した最初のプロジェクトでした。この活動で得た創作意欲と疑問が、僕を地元の工場や製造業者、印刷会社へと導く動機となって、自由な創造性を見出すに至りました。僕を創作に駆り立てたのは、制約のないエネルギーによって媒体を問わず、芸術的なアイディアを表現することでした。常にストリートウエアとファッションという原点が中心となり、僕の体内時計は回っているよ」。小遣い稼ぎの転売から、創作活動へと傾倒していったが、原点にあるのはファッションやストリートで培った感覚や経験。自分の価値観をアウトプットする手段を問わず、変化を恐れずに進む彼は、〈ア コールド ウォール〉以外にも精力的な動きを見せる。〈ア コールド ウォール〉とその他2つのプロジェクトから彼の多面性に触れる。
Project
POLYTHEN OPTICS
実験的な解体と構築
〈ア コールド ウォール〉についてはすでに広く認知されているが、同時に2つ自身の表現を落とし込むフィールドをもつ。ひとつが〈ポリティン オプティクス〉というブランド、そしてもうひとつが家具や彫刻を手がける〈SR-A〉。「〈ポリティン オプティクス〉は力強いエネルギーを持つイギリスの労働者階級の美学を落とし込んだストリートウエアブランドです。ローファイでどこにも属さず、幅広いユーザーに提案できるような価格設定にしています。ストリートウエアを通じて表現できる限界のコミュニケーションデザインとビジュアル言語を落とし込んだアプローチが特徴です。〈SR-A〉は商業の潮流から外れた、実験的な工業デザインと彫刻をメインにしています。このプロジェクトでは家具や彫刻に対して前向きな考え方を見出し、形として残すことを目指しています。年末にいくつかの大規模なアートワークとオブジェクトを、ギャラリーやパートナーを介して発表する予定です」。サミュエルの原点へと回帰するような〈ポリティン オプティクス〉での表現と、前衛的なデザインを通じてこの先の時代を切り拓こうとする〈SR-A〉での実験的な活動。この両プロジェクトに属さず、絶え間なく漂う彼自身の感覚を色濃く反映していくのが〈ア コールド ウォール〉。「モダニズムやブルータリズム建築に影響を受けた紳士服ブランドです。機能性と効率に焦点を当て、より表現の意味合いを強めた視点からミニマルなプロダクトを提案しています。厳密にいうとこのブランドには2つの段階がありました。2015-2017年の最初の段階では、〈ア コールド ウォール〉とは何かを表現していました。自分の感情や気分をシーズンテーマに、よりアバンギャルドなアプローチで提案しました。2019年から次の段階へと進み、今では洗練された仕立て(テーラー的な)に、ナイロン素材などを使用してよりミニマルに表現することに喜びを感じています。一切の妥協を許さず永続性を確立し、根拠のある背景をベースにしているんです。〈ア コールド ウォール〉には僕自身の考えや価値観を反映させなければならないんだ。そうすることで、コアが構築され、自分でも共鳴し続けることができる。少年時代から男性への変化という考え方がしっくりきますね」。3つのプロジェクトにはそれぞれストリート、ファッション、デザインといった彼を形成する要素が純度のバランスを変えて注がれる。核となるようにも思える〈ア コールド ウォール〉は成熟を遂げ、新たな価値観を提示する。しかしその変化は彼の内面と地続きに起きており、背景や文脈を踏まえた解体と構築であるがゆえに、自然なステップアップに思える。変化や時代の流れと向き合い、受け入れながらクリエイションを続けていく。「贅沢と富がストリートに入り込んできたことによって、本来の価値を歪めてしまったという事実はあるよ。ただこの流れによって生み出された、良い部分も悪い部分も新たな表現や価値観をつくり出すうえで欠かせないもので、ストリートを抽象的に見ればより幅広い人に触れるきっかけになったとも言えるね。ストリートは常に真実を反映している。現代の生活において、その流動的な真実とは僕らが袖を通す洋服から見えるべきで、その変化を助長する幅広い哲学を反映させているのさ」。
サミュエル・ロスといえば〈ア コールド ウォール〉での活動が一般的に広く知られるが、並行して行う〈ポリティン オプティクス〉、〈SR-A〉といった幅広い表現領域は、自身の感性を純度高く落とし込むことを可能にしている。アパレルにしても、常にサミュエル・ロスの歩みとともに変化していく〈ア コールド ウォール〉とよりストリート的な背景とリンクする〈ポリティン・オプティクス〉の魅力は異なるように、表現したいことをそれぞれ適した形に落とし込む質の高さには驚かされる。
Project
SR_ A
PROFILE
サミュエル・ロス
ヴァージル・アブローのアシスタントとして活躍した過去をもつ、イギリス人デザイナー。〈ア コールド ウォール〉をはじめ、自身のストリート的な背景により強く焦点を当てた〈ポリティン オプティカル〉、家具や彫刻を手がける〈SR-A〉といったプロジェクトを並行して行う。