GRIND

TRANOÏ TOKYO  <br>~HIZUME~ TRANOÏ TOKYO  <br>~HIZUME~

CULTURE, FASHION, INTERVIEW 2024.8.30

TRANOÏ TOKYO
~HIZUME~

Interview with Nobuki Hizume

時代の先へ行くために

9月4~5日の2日間にわたって開催されるトラノイ・トーキョー。トラノイとは、パリのファッションウィークで唯一公認されている合同展示会であり、日本では今回が初めての開催で、国内外175のブランドが参加を予定している。そんな記念すべき第1回、ゲストデザイナーとして招待されているのが、ハットブランド〈HIZUME〉。デザイナーの日爪ノブキはパリをベースに、トップメゾンとの仕事も手がける帽子クリエイターだ。日爪にとっても、自らのブランドを日本でしっかりと見せるはじめての機会だと言う。彼が参加を決めた想いから話はスタートし、時間が経つにつれ話はどんどん深まっていく。彼の口から溢れ出る言葉は、ファッションやクリエイティブに関わる全ての人にとって、考えるきっかけとなる。

Photo_Yudai Emmei
Edit&Text_Shuhei Kawada

わかりにくいことの価値

 パリを拠点に帽子ブランド〈HIZUME〉を手がける日爪ノブキ。現在では日本との行き来も多いと言う彼が来日していた7月後半、インタビューの時間をもらうことができた。GRIND Vol. 107でもパリのアトリエに足を運び取材したのだが、正直これほどの実力とそれゆえの説得力、それでいて自然体な姿や語り口調、我々との接し方にすぐに心を掴まれた。彼の存在を日本にもっと伝えなくてはならないという感情を抱いたほどのクリエイションと人間としての魅力が言葉の端々から滲み出る。そんな日爪が今回日本ではじめて開催されるトラノイ・トーキョーに参加を決意した理由とは。「自分の生き方のテーマとして“人生の流れに乗る”というのがあるんです。トラノイ・トーキョーへの参加の話をいただいた時もスケジュール的にはかなり余裕がなかったのですが、何か感じるものがあったというのが、ロジカルではないですが本音です。もちろんそれに加えて、日本でしっかり自分のブランドを見せたことがなかったので、〈HIZUME〉をきちんとした状態で見せたいという想いもありました」。
 彼の仕事は自らのブランドでのモノづくりだけではない。日爪を世に知らしめるきっかけとなったのは、LOEWEの23AWコレクションで披露された、帽子づくりの技術を用いたジャケットの制作が代表的なものと言えるだろう。加えて名だたるブランドとの協業や、クチュールでの帽子制作など、そのクオリティはシーンのトップでも評価を得る。「LOEWEでやったことが起爆剤となって、『こんなことができる帽子クリエイターがいるんだ』という状況も生まれて。そういう状態からあと1ピース何かがハマればもっと大きな推進力で前に進める気がしていました」。昨年の夏頃からそんな1ピースを模索しながら、さまざまな動きを試していたところ、今回のトラノイ・トーキョーへの出展の話が舞い込んだという。
 全てを懸けて、日爪の言葉を借りると“帽子づくりに魂を売ってる”というほど注ぎ込んできたものが少しずつ広がりを見せているという実感もある。「僕のつくるものは説明的じゃないし、直接的ではない。完成したものを壊すという作業を必ず入れるので、わかりにくいと思うんです。あえてそういうことを続けてきて、ようやくこの価値観や世界観が伝わりはじめてきたのかなと思います」。慢心でも自惚れでもなく、ストイックに続けてきたからこそ、だんだんと感じる反応の変化。しかし彼にとってのゴールは評価を得ることではない。世間の目が追いついたと感じたら、また速度を上げて走り出す生粋の天邪鬼だ。

わかりやすさの代償

 「自分がつくったものに対して賞賛ばかりになると時代の先を生きることができていないんじゃないかと思うんです。自分には帽子づくりをはじめた頃から見えているビジョンがあったんです。当時は量産体制まっしぐらでしたが、そこに必ず破綻がきて、良いものを長く使うという原点回帰が必ず起こるだろうと。しかし量産に対して、1人の人間では太刀打ちできないし、変化も起こせません。帽子業界は関わっている人が洋服よりも少ないので、再構築できるということもあって、1人の人間が大きな変化を起こせる領域でいて、自分の能力を活かせる場でもあったんです」。実際に彼が協業するメゾンブランドのオートクチュールも受注が大きく伸びていたりと、世の中の流れが変化している実感もあるという。こうした変化を事前に捉え、世間の目ではなく、自らの信念を通しつづけたからこそ、立ち止まることはできない。「学生の頃、フランス文化に傾倒している時期があって、フランス映画をよく見ていたんです。それまで映画は見ても、スカッと終わるハッピーエンドの映画が中心でしたが、フランス映画を見てスカッと終わらない気持ち悪さを感じたんです。話が完結しないものが多く、その先について考えるようになり、その過程を経て、映画が自分の中で生きはじめたような感覚になったんです。この感覚が自分のモノづくりにも通じています。〈HIZUME〉の帽子に対して見た人が考えはじめた瞬間に、命が宿る。そんな余韻が残るモノづくりをしているので、最初に完成品をつくって壊していく」。彼の生き方同様、モノづくりに対しても美学は変わらない。なにかが完結した瞬間に流れは止まるという恐れがあるのだ。しかし現在では、多くの場面において説明的であることが良しとされ、わかりやすさのために細かく分析された数字が提示され、解釈の余地は残されていないことも多いと感じる。「わかりやすいようにした結果、人々が考えることをやめたんだよね。だから薄っぺらいものが増えたし、考えられない人も増えた。もちろんマーケティング的に良いとされる要素を集めたら、瞬間風速は大きく上がるし、結果が出る可能性は高いと思います。でもそれが10年後、20年後、さらには100年後に語られるかと言ったら、そうはならないですよね。だって想いの深さがないから」。
 目の前の結果や数字ばかりを追い求めていては、大切なことを見失ってしまう。当然ファッションやクリエイティブに関しても続けるための資本や売上は重要で、そこを抜きにして話を進めることはできない。しかし本当に大切に思っていることを価値観を伝えたり、技術を習得する過程をスキップしても、心に刺さる何かを生み出すことはできないのだと改めてハッとさせられる。「もちろん理解されるまでも、マネタイズできるまでも時間はかかる。ただその壁を乗り越えた瞬間、時間が味方になると思うんです。この先の時代は今以上に色々な危機がジャンル問わずやってきます。ただホンモノだったら生き残れるはず。じゃあそのホンモノってなんなのかっていうと、心底深く考えているか、軸があるか、覚悟があるか、そういうことだと思うんです。自分自身もそんな時代を生き残れるクリエイターでいなければならない。ゾクゾクしちゃいますね」。ニコリと笑う日爪の表情は、まだまだやるべきことがたくさんあるという充実感と、道を切り拓いていく者がもつ強いエネルギーを感じさせた。

日爪ノブキ
パリを拠点に活動する帽子デザイナーで、MOF(Meilleurs Ouvriers de France / フランス国家最優秀職人章)の帽子部門を受章したはじめての日本人。2020年より自身のブランド〈HIZUME〉をスタートさせ、今回TRANOÏ TOKYOに出展する。自身のブランドと並行して、トップメゾンとの協業なども行う。

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