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the Force the Force

FASHION, INTERVIEW 2022.1.5

the Force

BED J.W. FORD

主観の先に浮かぶ
“エレガンス”を求めて

2021年9月1日、港区白金台に位置する八芳園にて、〈ベッドフォード〉の22SSコレクションのショーが行われた。ブランドにとっては2年ぶりとなる東京でのショーは、洋服自体はもちろん、演出など総合的なクオリティの高さで多くの関係者を魅了した。デザイナーの山岸慎平氏が振り返るショーについて、そして昨年迎えたブランド設立から10年という節目を通りすぎて見えてきた、当時から現在、そしてその先に至るまでの道筋とは。当日のバックステージの写真を交えてお届けする。

Edit&Text Shuhei Kawada

photo Koichiro Iwamoto (kiki inc.)

瞬間の美しさ

2021年9月1日15時頃、22SSシーズン〈ベッドフォード〉のコレクション発表の会場となる八芳園には、慌しくも落ち着いた独特な空気が流れていた。デザイナーの山岸氏をはじめ、関わる多くのスタッフは程よく肩の力が抜けているように見えたのだ。ヘアメイク、フィッティング、リハーサルなどタイムテーブルを進めながら時折鼓舞するように山岸氏がかける声も柔和な印象を与えた。いつもショーの前はこんな空気感なのかと問うと、決してそうではなかった。「意識したんだと思う。チーム全体に張り詰めた緊張感はまずいらないなというのがあって。今回は自分たちの力を誇示するとか、自分が今どれだけできるかを見てもらう場所というよりかは、言葉にすると安っぽいけど“楽しもう”って、来てくれた人たちは当然、モデルをはじめチームとしても“楽しかったね”と言ってくれるようなことを大前提にやりたかったんです」。多くのブランドが昨今の状況を踏まえて、動画をメインとしたデジタル上でのコレクション発表へと切り替える中で、あえて踏み切ったランウェイ形式での発表。「映像は頑なにつくらなかったんです。映像に対して否定的なわけでは全くないのですが、その瞬間にしか起きない出来事、再生できない事柄、事象に対してより魅力を感じます。コレクションのテーマとしても近しいことをやっていたこともあり、今回は野外でショーをやろうと決めました」。“EPIPHANY”と題された22SSシーズンのテーマは、直訳すると“ひらめき”や“悟り”といった意味合いが近いようだ。洋服に落とし込まれる表現としてのテーマであると同時に、発表するシチュエーションとしても大切にした瞬間的であることの美しさ。雨が降ったら頭を下げて中止のアナウンスをすると割り切っていたそうだが、リハーサル時に強かった雨足は、開始が近づくにつれて弱まっていった。荘厳な空気が漂う庭園をミラーボールや照明が彩り、NaomiParisTokyoの生演奏が繊細な音を添える。そしてモデルが洋服を纏って歩く姿がラストピースとなり、その一瞬一瞬を参加者の目の裏へと焼き付けた。

  • スライド

    リハーサル時の雨は、だんだんと霧状に変化していき、開始時には幻想的な演出のように作用していた。和を強く感じさせる庭園に差す照明の光は、現実と非現実の程よいバランスを映し出した。そして洋服同様、繊細で美しくそして芯のある音楽を演奏したNaomiParisTokyoの存在もまた、欠かせないものであった。photo Genki Nishikawa (MILD inc.)

  • スライド

    リハーサル時の雨は、だんだんと霧状に変化していき、開始時には幻想的な演出のように作用していた。和を強く感じさせる庭園に差す照明の光は、現実と非現実の程よいバランスを映し出した。そして洋服同様、繊細で美しくそして芯のある音楽を演奏したNaomiParisTokyoの存在もまた、欠かせないものであった。photo Genki Nishikawa (MILD inc.)

  • スライド

    リハーサル時の雨は、だんだんと霧状に変化していき、開始時には幻想的な演出のように作用していた。和を強く感じさせる庭園に差す照明の光は、現実と非現実の程よいバランスを映し出した。そして洋服同様、繊細で美しくそして芯のある音楽を演奏したNaomiParisTokyoの存在もまた、欠かせないものであった。photo Genki Nishikawa (MILD inc.)

“自分のため”とプラスアルファ

2010年の設立から10年の節目を経過した〈ベッドフォード〉。当初から大切にしてきた軸は、山岸氏自身が着たいと思えるかどうかということ。10年という時間の重さは、根底をより明確にするとともに、新たな視点も与えた。「やはり根底にあるのは自分のために、あくまで主観で、自分が着たいと思えるかです。誰かのためにみたいなことはあまり言いたくない、でも、自分のためにプラスαでなにか現象だったり、少なからず楽しみにしてくれている人がいるという部分を考えるようになってきたと思う。伝えられる範囲で今まで以上に丁寧にしていこうというのが一番強い気がしていますね。だからこそ、根底の自分が着たいとか、自分のためにというのがブレてくると危うくなる。今は自分がやっていることに対して、“なぜなら”という説明が付けられるようになった感覚です。言葉足らずだった部分をしっかり伝えようとしているのが、今の自分なのかもしれません」。あくまで主観、自分という1人称を変えるのではなく、そこに根差しながらより視野が広がってきたということなのだろうか。山岸氏はユニークな例えを交えてこう語る。「ここまでの10年は本当にお金もない、次つくれるかもわからない、田舎から刀一本持って出てきた田舎侍が、それを振り回すっていうゲームだったんですけど、今の自分はそこにはいないというか。そういう姿を求める人もいますけど、もっと大きなもの、対洋服における業界とか、対誰それではなく、対世の中や時代感、現象みたいなもっと広く大きな埒の明かないことを考えています」。自分の欲求や表現したいことを際限なく掘り下げていく作業と、ファッションシーンだけではないより広い意味での世の中への意識。この両極端にも思える2つの視点から生まれてくる洋服こそが、今の〈ベッドフォード〉のスタイルを表す。「年齢を重ねてもギラギラしてはいますけど、あんまり表に出なくなったんですかね。カッコのつけ方が変わったというか、強そうな言葉もいらないですし、洋服を見てくれたら全部伝わるからというメンタルがあります。世の中が“いいね”と言っても自分が着なかったら納得できない。自分がわからないことをわかったフリして、いいねとかそんなことは言いたくなくて。結局僕が興味あるのは自分の主観か、近くにいてくれる人たちの言葉だけ。世の中の“いいね”や人の評価は二の次で、全部自分が面白いと思えるかどうかくらいです」。対象として認識している彼にとっての広い世の中は、自分自身の表現を放てる場所。どう評価されるかではなく、偽りないモノを残せたかどうかが重要な意味をもつ。

  • スライド

    今回のバックステージの撮影を担当してくれたフォトグラファー岩本幸一郎氏の作品をプリントした生地を使用したコートは、多くの目を引きつけた。透け感のある生地に映る情緒ある風景を洋服に落とし込むことで、儚さの美学を感じさせるとともに、動きに合わせてたゆたう様は、2つのフィールドが合わさって生まれる新たな表現となった。多く見られた花のモチーフや光沢のある生地は、美しさだけでなくどこか憂いも感じさせる。そうした部分も余韻となって奥底に響いてくるのだろう。photo Koichiro Iwamoto (kiki inc.)

  • スライド

    今回のバックステージの撮影を担当してくれたフォトグラファー岩本幸一郎氏の作品をプリントした生地を使用したコートは、多くの目を引きつけた。透け感のある生地に映る情緒ある風景を洋服に落とし込むことで、儚さの美学を感じさせるとともに、動きに合わせてたゆたう様は、2つのフィールドが合わさって生まれる新たな表現となった。多く見られた花のモチーフや光沢のある生地は、美しさだけでなくどこか憂いも感じさせる。そうした部分も余韻となって奥底に響いてくるのだろう。photo Genki Nishikawa (MILD inc.)

  • スライド

    今回のバックステージの撮影を担当してくれたフォトグラファー岩本幸一郎氏の作品をプリントした生地を使用したコートは、多くの目を引きつけた。透け感のある生地に映る情緒ある風景を洋服に落とし込むことで、儚さの美学を感じさせるとともに、動きに合わせてたゆたう様は、2つのフィールドが合わさって生まれる新たな表現となった。多く見られた花のモチーフや光沢のある生地は、美しさだけでなくどこか憂いも感じさせる。そうした部分も余韻となって奥底に響いてくるのだろう。photo Koichiro Iwamoto (kiki inc.)

時間を超える存在

デビュー当時から現在に至るまで、自分の軸を大切にしながら、今もなお色あせることのない服づくりへの情熱や楽しみ続ける姿勢。長い間デザイナーとして活躍している山岸氏だが、ファッションにおける原体験が今なお刺激となっている。「洋服というものを認識してから、自分の人生が変わったなと思う瞬間は、大袈裟な言い方かもしれませんが、宮下貴裕さんの服を理解できた時ですかね。宮下さんが僕にとっての、サッカー少年における三浦知良で、野球少年にとっての松井秀喜であり、イチロー。こういうことを言ってると、憧れを捨てろとか、いつまで言ってるんだと言われることもあるんですけど、なんで捨てなきゃいけねんだ馬鹿野郎って。憧れているものを、どれだけ純粋に隠さずにもっていられるかってひとつの才能な気もするんですよね。自分にモノをつくる才能があったかはわかりませんが、憧れを抱くことの才能はあったから今でもサボらずに洋服をつくれているんだろうなと思います」。憧れは創造の原動力となり得る。そしてその憧れは、ファッションが秘めた可能性にも気づく機会を与えてくれた。山岸氏が敬愛するデザイナーのひとりにメゾンミハラヤスヒロの三原康裕氏がいる。〈ベッドフォード〉は20年1月にパリで行われたメゾンミハラヤスヒロ20AWコレクションの発表に際して、三原氏の計らいもあり、ゲリラ的にその会場でショーを行った過去がある。「ファッションなんてもしかしたらなんの役にも立たないかもしれません。でもファッションという言葉を使った時に、10年前、15年前、20年前に憧れていた人と接点ができたり、一緒に仕事をするようになったりという経験ができたし、そういう風に時間軸をグニャって曲げるようなことが、続けていればこれからもあるのかもしれない。もしかしたらこの先の10年で、たとえば今思っていること、場所や人に行けたり出会えたりするしれないって思うと全く飽きずにドキドキしていられます。自分にとってはその感覚がなによりも重要なんです」。自らが抱いてきた憧れは、その世界に飛び込んでからも続いてきた。そしてその憧れがあったからこその喜びも経験した。デザイナーとして積み上げていくキャリアがあるとすれば、彼の中には洋服が大好きな少年の姿も同時に存在している。山岸氏が実直なクリエイションを続けていくことによって、新たな世代が彼に憧れを覚え、自身が経験したような“ファッションが時間軸を超える感覚”を繋いでいく存在となるのかもしれない。

photo Koichiro Iwamoto (kiki inc.)

確固たる目標

ここまで直近のショーから、ブランドの根底や現在地に至るまで、そして山岸氏のデザイナーとしての背景など〈ベッドフォード〉の全体像に迫ってきた。現在のような地に足のついた強さを手に入れられた理由は一体どこにあるのだろう。「ブランドとして10年が経って、僕たちの生活も、世の中が変わるように随分と変わったんです。家族ができてとか、世の中の状況、洋服業界とか全てが退屈で複雑になってきている。でも洋服が好きという部分や、ブランドを立ち上げる時に“無理だよ”って言われて燃えるねえって思ったような感覚は変わらない。ここまでの10年は自分がこれで食っていくとか、ああしたいこうしたいという野望が行列をつくっていた。最近は、ここからの10年を考えた時に、“エレガント”という言葉や響きの意味を、洋服を使って言語化したいと漠然と思っているんです。“エレガント”っていまだに日本語でうまく説明できてない言葉のひとつで、知性とか品格って出てきますが、どれもステレオタイプなものばかり。そうではない、これからの時代の、もっと言うと自分たちが生きていく時代の言葉として、日本語として僕はこう訳しましたって言えるところまで、洋服でやっていきたいです。“エレガント”とはなんぞやというものを求めていて、誰に笑われてもいいし、あまり口にすることでもないんですけど、ひとつの終わりがなさそうで退屈しない目標みたいなものが、自分の中でできたんでしょうね」。漠然とした野望から、進むべき道が確かになった〈ベッドフォード〉には、強く見せることも、大きく見せることも必要なくなった。今の〈ベッドフォード〉を見ていると、彼らの示す“エレガント”という言葉は、自分らしくあるという姿勢を追い求めることで生まれる、清濁入り混じったような美しさにも思える。数年後にその答えを山岸氏が洋服を通して、言葉を通して明らかにするまで、その歩みを見届けたい。

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