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Namacheko from vol.101 Namacheko from vol.101

CULTURE, FASHION 2020.11.6

Namacheko from vol.101

Interview with Dilan Lurr

クラシックな趣を感じさせるジャケットやトラウザーズ、鮮やかな色味のニット、服の存在感を増幅させる細かなギミックの数々。流行や時代感とは別の時間軸で人々を魅了する〈ナマチェコ〉の背景にはまだまだ謎が多い。デザイナーであるディラン・ ルーへのインタビューから、彼自身とブランドの奥底に迫る。

Photo Dilan Lurr
Edit Shuhei Kawada

自由で多様な内面世界の象徴

2017年のブランドの立ち上げから、瞬く間にファッションシーンにその名をとどろかせている〈ナマチェコ〉。クラシックなベースに、ひねりあるデザインが合わさり、心地よい違和感を漂わせる。洋服自体の独特なシルエットや素材感、雰囲気は明確な背景と結びつくことを避け、謎多き世界観を構築しているように思える。デザイナーであるディランの話から見えてくるのは、シンプルで複雑な、〈ナマチェコ〉のストーリー。「〈ナマチェコ〉はとてもパーソナルなもので、コンセプトは特にありません。僕の内面と深くつながっているんだ。内面の文脈が無意識にコンセプトになっているかもしれないけどね。父がテーラーでスーツをつくるのについていったり、親戚もスーツを着ていたから、もともととてもクラシックな感覚があるのかもしれない。コンセプトは洋服にルールをつくってしまう気がしていて、それよりも常に新しいもの、違うものをつくろうとしているから、変化をもたらす機会と可能性を常に探しているよ。もっと自分自身の自由を得て、個人的な世界とリンクさせたクリエイションにしていきたいんだ」。〈ナマチェコ〉はいわば自分自身の内面を投影するパーソナルプロジェクト。ブランドらしくしないことが、〈ナマチェコ〉らしさを確立してきた。そして彼を形成してきた多様なバックボーンもまた、クリエイションに自由を授ける。「クルド地域で産まれて、8歳の時にスウェーデンに移住しました。父は宝石店を営んでいて、母は数学教師。両親にとっては勉強することがとても重要なことで、自然と僕も数学やエンジニアリングに興味を持っていったよ。だからまさか洋服をつくることになるなんて思ってもいなかった」。大学では土木工学を専攻し、アートの歴史なども学んだが、ファッションに対する専門の教育は受けていない。大学時代に自主制作した写真や映像のプロジェクト用に手がけた洋服が、パリのセレクトショップの目に留まり、そこからブランドとしての歩みがはじまった。「もともと映像をつくることに興味があったんだ。学生時代にクルドについてのショートフィルムを制作し、そのためにコスチュームをつくり、いとこや叔父に着てもらって撮影しました。僕のはじめての作品として、パリのギャラリーでインスタレーションをしたら、服を買いたいってセレクトショップのバイヤーが言ってくれて、じゃあつくらないとねって。こうして急にブランドをもったんだ。たった6ヶ月間の出来事さ。今では日本でも多く取り扱ってくれたり、めまぐるしい毎日だよ」。ディランの興味の対象であり、表現したいことの些細な一部であった洋服が今ではブランドとして反響を呼ぶ事態に。シンデレラストーリーのようにも思える躍進だが、彼のクリエイションへの姿勢は当初から変わらず、自分の内面と向き合うことに徹する。形のない内面世界を具現化していく過程が〈ナマチェコ〉の美しさを構築していく。

1.ディランがリサーチの際に用いるボード。アーティストの作品などから、視覚的情報だけでなく、背景の思考まで探る。リサーチは即座にクリエイションに反映される こともあれば、数年後に新たなヒントになることもあるという。2.右がスウェーデンのパスポート、左がクルドで過ごした幼少期の父親との1枚。自由と幅広い文化的な エッセンスを形成するルーツ。3.ディランが敬愛するフランシス・ベーコンの作品をプリントしたもの。〈ナマチェコ〉のニットなどに見られる、特徴的な配色を想起させる。

4.アトリエ内にある、シーズンのカラーパレットやインスピレーションを示すボード。自身を刺激するイメージを、内側で混ぜあわせ抽出していく。





対象の探求と絶妙なバランス

ディラン・ルーの内面をそのまま映し出す〈ナマチェコ〉。読書やアーティストの個展が彼にとっての主なインスピレーションである。「新しい何かを求めて常にステップアップしていかなきゃいけないんだ。だからいつも探求しているし、結局は教養ってことだと思う。普段は大量の本を読んだり、好きなアーティストのエキシビジョンに行くよ。どのような思考回路で作品をつくっているのか考えるのが好きなんだ。まずはリサーチする対象を見つけること、そして最初は視覚的で直接的なものから入って、自分の中でスクラッチして抽象的にしていく」。彼が興味をもつ特定の題材を、取りいれ紐解き、洋服という形にしていく。リサーチする対象への深い洞察とリスペクトを起点に、自分の解釈や洋服というフィールドで表現するのに適した方法を当てはめることで、〈ナマチェコ〉の表現として磨きあげていく。質の高いリサーチがクリエイションへと直結するわけだが、ここにも彼の文化的な背景が影響を与える。「多様性は僕に自由と広い文化的なエッセンスを与えてくれるね。スウェーデンからも、クルドからもインスピレーションを得ることができる。いろいろなところで育ったから特定のエリアに縛られないし、エンジニアリングを学んだけど、それを仕事にはしていない。こうした背景は大きな基盤となり自由を与えてくれるし、同時にある種の快適さと自信を与えてくれているよ。スウェーデンで育ったからスウェーデン人とか、クルドで生まれたからクルド人ということではない。何をしたっていいと思うと同時にルーツを恋しく思うこともある。だから作品を通じてコネクトしようとしているんだ。〈ナマチェコ〉の洋服は長く着られることが特徴で、そこにはエンジニアとしてリサーチの重要性を訓練されてきたことが影響しているよ。たとえば道路をつくるとして、どのくらいの車がその道を走るか、どんな気候か、コンクリートはどれだけ必要か、道路をつくるためにもレシピが必要。このアイディアは洋服のデザインにも反映されていく。持続可能であることに重きを置いているよ」。多様性から秩序を見出し、的確にクリエイションと結びつけていく。環境の変化や、専門外の経験は彼の芯をぐらつかせるのではなく、絶妙なバランス感覚を伴ったアイデンティティとなった。「〈ナマチェコ〉のクリエイションについてあえて言葉で説明するなら、“知っているようで知らないもの”のバランスだね。クラシックなものを用いて、ひねりを加える。時には機能的なものを、時には全く機能しないものをつくったり、わかりやすい要素とわかりにくい要素を同居させる。こうしたバランスが〈ナマチェコ〉の雰囲気をつくるメインの軸かもしれない。また洋服について疑問が生まれるような愚かなことをするのも好きなんだ。僕はアートに強く興味を持っているけど、アートは論理的に考えるとバカらしいことばかりなんだ。だからこうした要素を洋服にも入れるけど、全体的にクラシックなアプローチをしていて、結果として新しいものをつくれているんじゃないかな」。

PROFILE

ディラン・ルー

〈ナマチェコ〉のデザイナー。クルド地域に生まれ、8歳でスウェーデンに移住。現在は拠点をアントワープに移し、活動中。クラシックな感覚と入念なリサーチに基づく斬新なクリエイションが、コアなファンを増やしている。

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