Erik Ellington
the connector
プロスケートボーダーとして、ブランドのデザイナーもしくはディベロッパーとしてなど、幅広いクリエイションを 誇示するのではなく、実直に表現してきたエリック・エリントン。彼の頭の中にあるいくつもの部屋を覗き見ることで気づく、 各々のインスピレーションの関係性と、そこから吐き出されるスタイルを宿したアウトプット。
Photo Andrew James Peters
Edit&Text Hiromu Sasaki
原点から広がる可能性
近年のスケートボードの人気は凄まじい。街中で見かけるスケーターの数は増え、スケーターライクな装いを、ファッションとして楽しむ人も多く見かけるようになった。ファッション的なトレンドが関係しているのかもしれないし、オリンピック種目になり、マスメディアへの露出が増え、認知が広がったことが影響ているのかもしれない。いずれにせよスケートボードと人々の距離は、昔と比較するとだいぶ近しいものになっていると解釈していいのではないだろうか。ポジティブな影響ばかりだけではないが、こうした今のシーンの隆盛を成り立たせている、原点的存在、功績者たちが根の部分で支えている。スケーターのために、スケートコミュニティのために、スケーターがつくり上げたディストリビューションの〈BAKER BOYS DISTRIBUTION〉はそのひとつだろう。有名どころだとスケートボードと素直に向き合うスケートカンパニー、BAKER SKATEBOARDSやDEATHWISHなどが属している。またスケートボードにルーツをもったシューズカンパニーのSUPRAも、前述のディストリビューションと同様にスケートシーンを牽引してきた。エリック・エリントンという男はそのディストリビューションを設立した3人のうちのひとりであり、SUPRAの立ち上げにも参加した人物である。「スケートボードは俺が今まで携わってきたすべての事柄に繋がっている原始みたいなものなんだ。人生のほとんどをスケートボードとともに過ごしてきたこともあって、ほぼすべての友人関係や、数々のプロジェクトの土台となっている」。スケートボードとともに人生を歩んできたエリック。当然自身のクリエイティブにも、その影響は色濃く反映されていくことになる。「スケートボードからはいろいろと学んだし、多くの“ギフト”をもらっている。それこそインスピレーションと呼べるものはスケートからだし、クリエイティブであるためには大切な、さまざまな側面に触れる機会をもらってきたからね」。異なるフィールドにアクセスする機会を生み出し、与えてくれるスケートボードという存在。自分のフィルターを介してカルチャーや物事を混ぜ合わせていく。「90年代から今に至るまでスケートボードをやり続けてきて思ったことは、そこに隣接するさまざまな異なるカルチャーについて、難しいことを考えなくても、すんなりと入り込むことができて、吸収できるってことなんだ。通常なにか新しい事柄に触れるときは身構えてしまったり、適応することが難しかったりする。だけれどもスケートボードはそれ単体だけでない、そこから広がる世界を見せてくれる。だから意識せずとも、今までの俺のキャリアを構成してるデザインのことや美的感覚、音楽のテイストすべてにスケートボードの影響が浸透しているのさ」。
デザインへの欲求
スケートボードを通じてさまざまな影響を受け、自分の在り方や興味を追い続けてきたエリック・エリントン。幼少期に夢見た、自身の名前が冠されたデッキを出し、プロスケートボーダーになること。スケートボードに夢中になっていた少年にとっては当たり前の憧れ。しかし願いが実現された時、彼は自分の中のあるひとつの欲求に気づく。「小さい頃に抱いていた夢が叶い、いざ現実になるってなった時、リリースされるシグネチャーデッキに対するコンセプトやデザインプロセスに、より深く介入したいって気持ちが生まれたんだ。なぜかって、単に楽しいって気持ちももちろんあるけど、同時に俺にとっては誇りを強く感じることでもあったんだ」。モノのデザインに対する興味。彼の探究心はキャリアとともに消えることなく、むしろ膨らんでいったとエリックは話す。「デザインに対するぼんやりとした渇望みたいなものは、自分のキャリアが積み重なっていけばいくほど大きくなっていった。だからシューズをデザインすること、そして自分のブランドをやることを決断したのさ」。素直な欲望から生まれたシューズブランド〈HUMAN RECREATIONAL SERVICES〉(以下HRS)。オーセンティックでクラシックなスケーター像を思わせる、エリック・エリントンが手がけたプロダクトは、良い意味で予想を大きく上回り、斜め上を突くようなクリエイションだった。ドレッシーで艶っぽい色気のあるレザーシューズ。クラシックな佇まいもありつつ、斬新なファッション性を感じるデザイン。そしてラインナップの中にある、スケート時にも履いて滑ることができるような、アイデンティティもしっかりと残したモデル。〈HRS〉のバックグラウンドには、やはりスケートボードから吸収した多種多様な感性が、独特に合わさり世界観の表現を支えている。「スケートボードのカルチャーと自分の人生においての俺自身の切望を混ぜ合わせたものを、〈HRS〉を通じて表現したかったんだ。娯楽や喜び、余暇など人生のなかの祝福みたいなことのアイディアが、コンセプトとしては挙げられるかな」。音楽の嗜好、デザイン、建築、そしてスケートカルチャーといった具合に、さまざまなエリックの興味が変換され、シューズのデザインに反映されている〈HRS〉。しかしエリックひとりだけのインスピレーションでは成り立っていないことが、さらに〈HRS〉のクリエイションの世界観に奥行きをもたらす。「〈HRS〉の強みのひとつはバズ・ラジャンという、俺とは別のパートナーがいることなんだ。彼のリック・オウエンスをはじめとしたデザイナーズブランドでのデザイン経験が、スケートボードとファッションの融合をひとつ上のレベルで実現させる。だからこそ両方のコミュニティの魅力が〈HRS〉で表現できているんだ。俺ら2人のそれぞれの興味や嗜好も当然異なるから、パンクの華美や、グラムロックのムード、ジャズの洗練されたエレガンスを要所要所に感じることがあるかもしれない。ようするに俺ら2 人が何十年と描き続けて貯めてきたインスピレーション群が、ひとつのメルティングポットで溶け合わさって、〈HRS〉のスタイルを提示しているということなんだ」。異種のバックグラウンドをもったパートナーを迎えたことが、結果として〈HRS〉が進むべき道を示し、導いてくれている。
驕らない強さ
異なる視点をもち、自身のさまざまな興味から抽出していく新しい表現の試み。スケートカルチャーからの学びや影響は大きく、若く多感な時期にツアーなどでさまざまな国を旅する機会に恵まれたことも、多種多様な視覚的刺激やインスピレーションを得る大きな要因だ。しかしそれ以外にもエリック・エリントンの人格形成には、もうひとつ大切な背景が影響している。「12歳の時に父親が亡くなってから義父に育ててもらったんだけど、彼からは計り知れない影響を受けたよ。恐らく今まで俺が会った知っている人の中で、一番クリエイティブな人間だったんじゃないかな。彼は常になにかしらを再設計しては、見た目もそのもの自体のクオリティも、手を加える前より良くしていた。何かデザインをものに施すということに興味をもつようになったのは、彼の存在が大きいんだ」。エリックの原点には、今の彼へと推し進めてくれた一番身近な家族という存在がある。一匹狼として突き進んできた人間ではなく、周りの環境に感謝し、今まで携わってきた人、そしてスケートボードに支えられ今までキャリアを築き上げてきた。彼の話を聞いていて感じるのは、彼の静かな力強さの中にある謙虚な姿勢こそが、コアの部分を形成しているということだ。「間違いなく言えることは、もしも“スタイル”という言葉があるのだとしたら、俺のスタイルやアウトプットは、友人たちや周りのコミュニティと深く関係しているってことかな。俺が今まで住んできた場所、旅してきた所、スケートカルチャーが示してくれたコミュニティすべてが俺にとって大切なんだ。それらの掛け合わせが、俺が今までやってきたことに直接的に影響しているし、これからもそれが変わることはないね」。スケートボードというひとつの軸から派生する事柄をバランスよく受け入れる感覚は、周辺の環境にも及んでいく。その先に自分の歩むべき道が、“スタイル”という言葉とともに浮かび上がってくるのかもしれない。
PROFILE
エリック・エリントン
スケートボードのディストリビューション〈BAKER BOYS DISTRIBUTION〉の共同設立者。またスケートボードにルーツをもつ〈SUPRA〉の立ち上げにも参加するなど、現在のシーンにおける基盤をつくったうちのひとり。タイムレスなスケートスタイルをもつ彼のクリエイションは、〈HUMAN RECREATIONAL SERVICES〉と冠されたシューズブランドをも手がけ、スケートカルチャーから派生する可能性を示し続ける。