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FASHION, INTERVIEW 2024.7.30

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Interview with Emilie Arnault

自由なデザインは
好奇心と客観性から

独特なシルエットが人気を博すパリのバッグブランド〈コート・エ・シエル〉。ヘッドデザイナーとして16年間ブランドを支えるのが、エミリー・アルノーである。一見シンプルだが、しなやかで美しさが感じられるデザインと高い機能性を兼ね備えた〈コート・エ・シエル〉の魅力を生み出すのは、デザイン画を描かずに折り紙のようにしてつくりあげるデザインプロセス。バッグはもつものではなく着るものであるという発想は、自由を求めて検証を繰り返す地道な作業の繰り返しによって見えてきた。

Photo_Haruki Matsui(Product), Yudai Emmei(Portrait)
Edit&Text_Yuki Suzuka

MOSELLE ¥44000

心奪われる瞬間まで

 2008年にフランス・パリで生まれた〈コート・エ・シエル〉。ブランド創立からデザインと機能の両面を追い求め、名作を残しながら着実にここまで成長してきた。ブランド初の旗艦店でもあるcôte&ciel HARAJUKU STORE TOKYOは6月30日にリニューアルオープンし、ヘッドデザイナーを努めるエミリー・アルノーが来日。取材前のオープニングレセプションで挨拶を交わすとすぐにデザインについて熱心に話しはじめるエミリー。「取材があるのについ喋りすぎてしまった」とブランドのソリッドなムードとは対照的にチャーミングな一面が垣間見えた瞬間だった。
 折りたたむ、ねじる、縫う、そしてまた折りたたむ。〈コート・エ・シエル〉最大の特徴はそのデザインプロセスにある。デザイン画を描かずに、生地を折り紙のようにしてプロトタイプをつくりあげ、デザインを完成させていく。なぜこのような特殊な方法を採用しているのだろうか。「機能性というのは動きがあってはじめて成立するものです。ファスナーを開ける、バッグを背負うという行為、これらは全て動作です。そういった動作はデザイン画では描くことはできません。だから生地を彫刻のように見立てて立体的にプロトタイプをつくりあげて、布地を動かしながら、実際に機能するかどうかという点を常に意識してデザインしています」。デザインがブランドのアイデンティティを形成するため、機能性とは異なる側面でアプローチする場合も多い。しかしデザインはあくまで機能を引き出すための手段。〈コート・エ・シエル〉はそのポイントに忠実であるから、独自のプロセスが育まれ、結果的に個性を生み出すことができている。「バッグをつくるというよりも、ひとつのフォルムをつくろうとしています。バッグはこうあるべきであるという考えではなくて、今つくっているものが果たしてバッグになるのか、そして機能するのか、色々と考えて実践しているうちに、自分が恋に落ちるというか、その感覚に近いかもしれませんね」。

ISAR M ¥64900

科学を学んだデザイナー

 学生時代はサイエンスを学び、その後インテリアのプロダクトデザイナー、そして〈コート・エ・シエル〉のバッグデザイナーに就任し今年で16年目となる。科学とデザインという相反するように思える特殊な経歴こそが、彼女のアイデアの原点。「実験を重ねて、自分が最初に考えてきたアイデアを正しいと実証していくということ、それが科学者です。プロダクトデザイン、アートも同じです。最初はこう思っていたけど、最終的には別の形になる。実験を重ねることで景色は変わっていくと考えています」。彼女の好奇心がアイデアを生み出す。そして科学者としての経験はデザインの幅を広げるだけではなく、人が目を向けないような部分に着目し、構造を捉えようという客観的な視点に繋がる。「私は科学の勉強をしていたので、テクノロジーに興味がありました。私が自ら試作品をつくり出しているのもそういった好奇心からきています。工場に行けば、こんな機械が今存在しているんだと驚きます。実際に自分の目で見て、そしてその機械に触れてみます。機械自体に抵抗がある人がいるかもしれませんが、どういうテクノロジーが存在しているか理解することが大事だと思います。なぜならそういった日常にデザインのヒントは隠れているからです」。別の分野から何を吸収できるか、そしてどう自らの領域に落とし込むか。異なる世界を経験しているからこその視野の広さが彼女のデザインに大きく影響している。「よくバッグをみて、素敵だねとか美しいと言ってもらうことも多いのですが、私は自分自身に満足したことはありません。デザイナーとしてもっとこういうことができるんじゃないか、と常に思っています。自分がつくっているものに対していつも批判的であることによって、学びがあり、そして改善があって、結果的に今までにないものが生まれると考えています」。

HYCO SMALL ¥44000

好奇心と客観的な分析

 好奇心と、興味をもった事柄への探究心、そして実験と検証を繰り返しながらデザインを生み出してきたエミリー。移り変わるトレンドやニーズに対しても、嫌悪感を抱くことなく、むしろ自分自身のデザインに新しい要素を取り入れるチャンスと捉える。「今のニーズを考えて自分のデザインに変化を加えるのも良いことだと考えています。どうしたら〈コート・エ・シエル〉の世界観を損なうことなく、ニーズに合わせられるかどうかを考えることは自分にとって新鮮なことです。バッグをつくるということはそもそも、2次元なものを3次元にするということですが、最近は3次元にしたものをさらにトランスフォームさせていくということに取り組んでいます。バッグ自体の形態を変化させることができれば、実際にそれを使う人がシーンに合わせて使い分けることが可能です」。バッグの形状だけではなく、内側を反転させれば別のカラーも楽しむことができる、リバーシブルのアイデアも、〈コート・エ・シエル〉トランスフォームバックの大きな特徴。使う用途だけでなく、その時の自分の気分やスタイリングによって自由自在に変化できるアイデアは今の時代の風潮さえも逆手にとる。「今は人が物を買わない時代ですよね。だけどひとつの物を買ってそれが形や色を変えれば、いろんなバッグを持っているような気持ちにもなる。だから今の時代はそういったものが大事になると思いました。ただ新しい物が出るたびにそれを買っていたら環境に良くない。トランスフォームできればもはや他のバッグを買う必要もないですからね。しかし、バッグがどのようにしてトランスフォームしていくかを説明する必要があると考えています。そのための消費者との直接的な接点、そしてこれからはブランドのストーリーを伝えていくことが必要だと思いました」。〈コート・エ・シエル〉はその独特なバッグの形から一見ブランドの背景には強いヴィジョンがあり、原理原則に忠実だと思われがちだが実はそうではない。トランスフォームというアイデアを切り取っても、シンプルなデザインで統制されたようにみえるが、自在に変形させることができたりと、ひとつに縛られることはない。バッグをデザインしようとはしていないとエミリーもいうように、目に見えているひとつの事柄に執着することはない。こうなったらおもしろいかもしれないというような期待に満ちたデザイナーとしての好奇心溢れる予測が、そしてそれを実現するための実験と検証という冷静な視点が、オリジナリティ溢れるデザインに結びついている。

ORNE ¥44000

Information

côte&ciel HARAJUKU STORE TOKYO

東京都渋谷区神宮前3-18-22
11:00-19:00
03-3475-7030

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