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酒と1曲 酒と1曲

INTERVIEW, MUSIC 2022.6.30

酒と1曲

アーティストとして、ジャズ、ロック、ヒップホップを背景に、多彩な表現を行う高岩遼。大の酒好きでもある彼の新連載『酒と1曲』は、染み渡る酒と音楽を通して、自分と向き合う時間の過ごし方を提示してくれるだろう。そしてここで触れる嗜みは、やがてあなたのスタイルの一部となっていくはずだ。今回は旧友との再会の喜びと、思い起こされた若き日々の記憶にまつわるエピソード。

Text Ryo Takaiwa
Photo Yuta Kato
Edit Shuhei Kawada

高岩遼の『酒と1曲』、ということではじまりましたこちらのコラム。




少し間が空いて第2稿。 油を売っていた訳ではない、酔っ払っていたのである。 是非、今宵も1杯、お付き合い願いたい。

32歳を目前にして、懐かしい友からの連絡がチラホラ届いた。 あの日「あばよ」と拳を合わせて遠くへ離れた盟友との再合流に、積年と喜びを感じている昨今。 どうもお久しぶりです。

田舎から上京し“歌手”としてキャリアをスタートしたのがジャズ・ボーカルだった。ちょうど二十歳の頃か。懐かしい。 先日、その青臭い日々の中で、共にジャズを鳴らしあったNobuo Watanabeというピアニストと再会した。当時プレイしたスタンダード・ナンバーを思い出しながら20曲ほどセッション。良き時間だった。 Nobuoとは、銀座は六丁目の倶楽部でやりあっていた仲だ。凡そ8年ぶりの邂逅。彼は今オーストリアに住んでいる。

音楽は素晴らしい。音楽はタイムマシンだ。あの頃の感情、記憶、季節、肌へまとわり付いた空気までも一瞬で思い出させてくれる。
今宵は僕の思い出の楽曲、濃厚なバラッドをひとつご紹介したい。

『That’s All』
Words by Alan Brandt Music by Bob Haymes 日本語意訳 by 高岩遼

If you're wondering what I'm asking in return, dear

俺の望みが何か気になっているなら

You'll be glad to know that my demands are small

君はきっと喜ぶだろうな それがあまりに些細なことでさ

Say it's me that you'll adore

俺のこと 愛してる と言ってくれないかい

For now and ever more

今も この先も 永遠に ずっと いや永遠なんてないかもしれない

That’s all

けどそれだけなんだ

That’s all

それだけさ






うーん、思い出させる。 銀座のあの店の、テーブルに置かれたフルーツのカット盛り。 おじさま方とお姉様たちの香水のかほり。大人な会話。弾まんチップ。 朗々とキメ、取り繕い、日銭稼ぐ愛の日々。
美味。

1952年に描かれたこのラブ・ソング『ザッツ・オール』は、沢山のジャズマンに演奏されてきた。 僕は中でもこの「メル・トーメ」のテイクが一番好きだ。理由はこの場では割愛する。

50年代からのアメリカといえば、車やファーニチャーの造形美からも分かるように、各家庭が豊かな生活を求めた時 代であろう。その背景で生まれた「他は何も要らない。欲しいのは君の愛だけだ。たったそれだけなのよネ。」という詞には趣がある。オシャレ。

よし、俺も男だ。多くは求めない。せっかくの再会も長くなっては奥行きがない。 己の肝臓を自愛し、1杯だけいただきます。 今宵もバーボン。銘柄は【ノアーズ・ミル】。ストレート、ダブルで。

これを飲み口が薄めのストレートグラスで少しずつ。だ。

よしゃ、That’s all. マスター、チェックで。

2022年6月梅雨明け 高岩遼

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