酒と1曲
アーティストとして、ジャズ、ロック、ヒップホップを背景に、多彩な表現を行う高岩遼。大の酒好きでもある彼の新連載『酒と1曲』は、染み渡る酒と音楽を通して、自分と向き合う時間の過ごし方を提示してくれるだろう。そしてここで触れる嗜みは、やがてあなたのスタイルの一部となっていくはずだ。記念すべき第1回は高岩氏の敬愛するレジェンド、フランク・シナトラにまつわるカクテルと1曲。
Text Ryo Takaiwa
Photo Haruki Matsui
Edit Shuhei Kawada
高岩遼の『酒と1曲』、ということではじまりますこちらのコラム。
まずは、僕が信頼をおけるGRINDという東京ストリートを牽引するメディアへ、この僕の拙い文章でも寄稿することができてとても嬉しい。編集長のヤングガン、K.ShuheiとGRIND各関係者に感謝を述べたい。
このコロナ情勢になって以降、暗いニュースばかりで、タフに生きる野郎どもと女たちもきっとメランコニックなのではなかろうか。例に同じく、僕、高岩遼もその1人である。しかし、“嗜み”は忘れてはいけない。こんな世界だからこそ、妥協なくカッコつけてなんぼである。いかにも。
疲れた夜はカツンといきたい。明日もある。1杯だけでいい。 そんなあなたに送る暮夜。今夜の1杯はドライ・ジンとバーボン・ウィスキーを1:1で合わせる優雅なカクテル『フランシス・アルバート』だ。
ピンときた人も多いのではなかろうか。このカクテルの名は、僕が愛してやまないアイドル、奇跡の歌手、20世紀を代表する絶対的スター、「フランク・シナトラ(フランシス・アルバート・シナトラ)」に捧げられているのだ。芳しい。
レシピは簡単で、ロンドン・ドライ・ジン【タンカレー】と、バーボン・ウィスキー【ワイルド・ターキー】 をオン・ザ・ロックのスタイルで回してゆく。タンカレーは47.3度、ターキーは50.5度なので、約40度近いアルコール度数の屈強なカクテルなのだが、怖気付く必要はない。氷の溶けゆく仕草も眺めながら、今夜はゆっくり、ゆっくりとやろう。僕の見解ではこの飲み物、二日酔いにならない。
考案者は日本人である。街の角には必ずジャズ喫茶があったというあの良き時代にこのカクテルは生まれた。今では考えられない事実だが、当時はジャズで踊り狂うのが若者の流行りだった。クラブじゃなく倶楽部。トッポい奴らはジャズ喫茶やジャズ・バーか、ロカビリー喫茶にたむろした。 イケている。
輝きの裏には闇がある。フランク・シナトラは酒乱で暴君だった。イタリア系マフィアとの噂も絶えないスキャンダラスな私生活は想像を絶するものだ。たとえ“時代”とはいえ。彼の背中をさすり、慰め、そして裏切られた女性陣には脱帽なのである。
シナトラはバーボン・ウィスキーを愛飲した。銘柄といえば【ジャック・ダニエル】。ややもすれば『フランシス・アルバート』もターキーではなくジャックで決となりそうだが、これがカクテルの面白いところである。自他共に認めるバーボン・ウィスキー好きである僕は、タンカレーに合うバーボン探しの旅を日々こなしている。が、やはりジャックではなく、またジャックの上位互換のボトリングでもなく、【サゼラック・ライ】などのなめらかなライ・ウィスキーでもない。やはりワイルド・ターキーであることが分かる。
さぁ、1口、2口、と喉から胸が熱くなってきたところで、音楽は何を流そうか。 やはり今宵もシナトラなのか。ロンドン・ドライ・ジン。そうか、いいアルバムがあったな。
1962年。シナトラ唯一の海外録音(だったかな?)のアルバム。『グレート・ソングス・フロム・グレート・ブリテン』より、『ザ・ベリー・ソート・オブ・ユー』のナンバーに針を落とそう。邦題「きみを想いて」。作詞・作曲は英国のレイ・ノーブル。僕もジャズ・ライブではよく歌うスタンダードだ。僕はこの曲が好きだ。
“花を見れば お前を思い出す 星を見上げれば お前の瞳を探してる お前のことだけを暫くずっと 思い焦がれている 愛しいひとよ”
嗚呼、そうですか、そうですか。と、溜息が漏れる。なんて素敵な曲なのだろう。 この強めのカクテルに、『ザ・ベリー・ソート・オブ・ユー』のラプソディはまるでチョコレートのように寄り添い、相性が抜群だ。この胸の深淵にひたりひたりと小節が落ちてゆく。ナット・コールのテイクも、ハリー・コニック・Jrのテイクも愛すべきだが、やはりシナトラか。優しく、どこか寂しくもある。 贅沢とはこのことか。
良いところなので、第1稿はこの辺にしておこう。 皆さんも是非、このワンセットで夜を越えてみてはいかがでしょうか。 バーでも、もちろん自宅でも。それはたった1人きりで、ヨロシク。
ほらね、
もう2杯目ですよ。 こうしてまた長い夜がやってきた。
きみを想いて。
2022年2月吉日 高岩遼